RINOの何でも帳

頭の中をアウトプットする雑記帳。

揺れるバンド心

気持ちが楽に生活できているこの頃。

特段変化もなく凪な感じですが、実生活が充実していると書きたいこともそう浮かばないものですね。

逆に言えば悶々とする不足感や不満があるとドカッと文章を殴り書きして、その後の爽快感が良かったりします。

ブログは最高のストレス発散場所なのかも知れません。

 

さて今年はバンドのライブが4回程あって個人的には年末の忘年会セッション参加のみとなりました。

今年はとかくのんびりしていたなと思います。

しかし、あれですね。

やはり派手に動いて多忙を極め新しい事を次々に始めたりする沢山のバンドさんを見てると仄かに羨ましい気持ちと焦りのような気持ちが湧いてきますね。

自分もこうしちゃいられない。でもどうしていいか分からない。みたいな。

今回、ブログを書きたいと久しぶりに思ったので知らぬ間にまた何か自分の中で新しいものを求めているのかなと感じています。

バンド経験を年数で言えば6年ですがギュッと詰めたら実質2年くらいかなぁなんてことも頭に浮かびつつ、今年は出来る事出来ない事これからやれるようになる事など色々精査できた年でもあります。

ライブ出演の間隔が空いている時間がある分だけ次のライブどう動こうかと考えたりする事が出来たり、曲をボチボチ作ったり、プライベートの時間を楽しむ余裕が出来るのでそれはそれで良いのかなぁ。

それでも自分的には正直な話、惰性でやるくらいなら活動なんかしなくていいと思っていますし経年によって中弛みがあるのであればやり甲斐は感じないですし、少しずつでも進化していきたいしというかなり乱暴ではありますが聞かん坊的な気持ちもあります。

これは唯の欲望なのか成長意欲なのか?

どっちなんだろうとふと頭によぎる時があります。

もちろん今のメンバーとバンドの曲や雰囲気が大好きなので出来るだけ続けたいのは本筋にあります。

 

今年も残すところ後2ヶ月程ですが、答えを急がずもう少し揺れてみようかなぁと思っております。

かしこ。

丸5日間鍋生活

今週平日の夕飯はとにかく鍋のみであった。

少しでも寒い日があると鍋が食べたくなるのである。

最近は鍋スープのバリエーションも増え、そこに具材を合わせたら無限にレパートリーが広がるので全く飽きないでいられる。

月曜日は鶏白湯鍋

火曜日は豚骨鍋

水曜日は塩だし鍋

木曜日は坦々鍋

金曜日は柚子醤油鍋

鍋の具は鶏肉か豚バラか白身魚をメインでローテーションして野菜はもやし・白菜・キャベツの他にきのこ数種類を固定で入れていた。

好みで水餃子やうどんなど入れて炭水化物系も入れると何品もおかずを作らずにして鍋一つで完結してしまう。

この手軽さに敵うものはないだろう。

 

ちなみに5日間鍋の食事を続けても体重も体型もあまり変わっていないのでダイエットにはなっていないみたいだ。

募金は実は自分のために

募金やら何やらなぜするのかというと全て自分のためな訳です。

募金するとホッとするからです。

ただそれだけです。

いい事した自分に対して悦に浸っている究極の自己満足を味わっているのです。

他にも被災した場所の名物を買ったりなんかも自分の場合はそんな感じです。

自己満足でもやらないよりかは良いだろうと思います。

いつもの生活プラスアルファで良い事出来たら気分良く過ごせるので。

稀に募金はどこへ行くか分からないから〜とか屁理屈捏ねる人も居ますが、そういう人って大概何にもしないし全然動かないもんですよ。

やりたくなきゃやらなきゃいい。

やりたきゃやればいい。

至ってシンプルな話だと思います。

先週末は陰陽座のライブへ

先週末は陰陽座のライブへ行ってきました。

いやいや本当にどこまでも素晴らしすぎて、わたしゃ最後の方はもうなんか分からんけど手を合わせて拝んでましたよ。

だって凄すぎて凄すぎてもうね。

もう何て書いて良いか分からないくらい感動したんじゃないかと。

言葉にすると陳腐なものになる可能性があるでもう少し自分の中で噛み締めておこうかなと思います。

とにかく今回のアルバム覇道明王は私の中でドツボ過ぎてライブ行く前から期待大でしたが、それを遥かに上回るライブでのっけから幸せな気持ちでした。

 

MCで瞬火さんの言葉でとても印象的だったのが
「生きてる中で楽しみ尽くせない程楽しい事が無数にある世の中で貴重な時間を音楽に、その音楽の中で陰陽座を選んでくれてありがとうございます」
的なことを仰っていて、不覚にも涙が出そうになってしまったのです。 

そっかぁ世の中ってそういえば楽しい事が無数にあるんだなぁと再確認させられたと共に、自分の時間を陰陽座のライブに使ってる事に何か嬉しいというか改めて行ってよかったと思いました。

最後の最後に瞬火さんが20周年らしい事を考えていると話してたので益々楽しみです!

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今より少しだけ良くしてみる

何も変わらないと思って何もしないよりも、今よりすこーしだけ良くなるようにと思って動くと結構面白い事が起きたりする。

大層な事しなくても自分の場合は今日のご飯を少し凝ってみようとか少しメイク変えようかなとかそんなレベルでも1日の充実度と面白い発見があったりする。

何か大きな変化がないと意味がないと思っていたけど、そういった事の積み重ねで良いんだなと今は思う。

自分が無い人はいないが自分を忘れている人はいる

何が好きか何が嫌いか分からなくなっちゃうという人はとーーっても優しいすぎるくらい優しい人なのだ。

自分を消しちゃうくらい相手を優先してしまうのだからね。

世の中にはそんな風になった事ない人もいるみたいで信じられないよね。

でも、忘れているだけだから少しずつでも好きなことや好きな何かを思い出すことでちゃんと自分の中にある芯のようなものは思い出せるよ。

まずは今までよくもまぁ他人様を上に見てきたなって自画自賛しまくろう。

ほんでもって自分を労わりまくったから、それからようやく他の人に優しくなっていいと思う。

 

応援してくれる人をちゃんと見る

応援の声や良い反響というのは、大げさではなく泣くほど嬉しかったりする。

それだけではなく手前勝手に始めたことを見つけてくれて継続して見に来てくれるというのは奇跡に近いと思う。

それだけで腹の底から力が湧いてくる。

逆に少なからず批評される側として厳しい意見は受け入れる・・ほどの器も無いのでなるべく心の中には留めないで事実だけ見て次回の糧にしている。

今は所謂、一億総批評家時代の真っ只中だと勝手に感じていてその中でも「良かった」とか「カッコいい」「楽しかった」という声がどれだけ励みになるか。毎度顔を出してくれることにどれだけの安堵と気力を貰っているか。

自分が出来る事で喜んで貰えたりするのは嬉しい。

それから、ちゃんとお返し出来てるか?とも考える。

居場所をもらった気がした。

応援してくれる人がいる事、あるいは過去にいたということをちゃんと見ると本当に本当に有難い事だなと思う。

 

 

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