RINOの何でも帳

雑記的な日記

次の米どうする

日常の楽しみの一つとして米の銘柄を毎度変えることにハマっています。

先日まで、あきたこまちでしたが次回から何の銘柄にするか考えるだけで楽しいわけです。

このサイトを参考にして3つくらいに絞ってみました。

本当に美味しいお米の品種まとめ【厳選10種】 | お米専門ページ | ピントル

 

■青天の霹靂

 

■森のくまさん

【精米】平成28年熊本県産Sランク森のくまさん5kg【特別栽培米】

【精米】平成28年熊本県産Sランク森のくまさん5kg【特別栽培米】

 

 

 

■ゆめぴりか

【精米】北海道産 無洗米 ホクレン ゆめぴりか 5kg 平成29年産
 

 

この土日で買いに行こうと思います。

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どこまでも緩く温く程々にやってやろう

ある程度の目標があってそこに向かうためにアクティブに動く事や向上したい気持ちを胸に必死にやるというのは本来爽快なものだし元々そういう事が好きなんです。

しかし、それ程の熱意もない輪の中でただ闇雲に情熱を振りかざして何になるのか。

それに気紛れにやっている人がこれだけ多くいる中でなぜ私は同じように気紛れにやってはいけないのか。

自分自身は毎瞬もうこの機会は二度と無いという気持ちで実行していました。

いろんな疑問が湧いているのですがそもそも考える事すらもう無駄な気がしてどこまでも緩く温く程々にやろうという結論ですね。

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厄介な奴らと絡む時間を減らして腹から笑える人と付き合う

こちらからキッチリとハッキリNOを示すとものの見事に厄介で面倒な人達とは疎遠になったり目の前から居なくなったりそれなりの距離感で付き合えるので無駄な時間がまず減った。

やはり厄介な人にはそれを超えるくらい厄介で面倒な人間になるのが有効だなと益々確信している。

その代わりと言ってはおかしいかも知れないけど、ここ最近は学生時代や若い頃に仲の良かった人たちとの交友が前に比べて増えて良い気持ちでご飯が食べられたり酒が飲めている。

「これぞ自分だ」と思える時間が増えるのは何よりも素晴らしい。

堅苦しい気遣いもタブーな話も綺麗事も無しで自由に振る舞えて大口開けて爆笑し自分を飾らずに寛げる時間は本当に貴重で有難いものと前にも書いたけど改めてそう思う。

それからこの間の飲み会で気づいたけど自分が仲良くしてる人たちに共通する凄い技がある。

それぞれ深刻に湿っぽく不幸そうに話せばいくらだって話せるエピソードを馬鹿笑い出来るくらいのスベらない話に昇華させて披露するスキルが本当に凄い。

内容だけ聞くとかなり込み入った複雑な話だったり明らかにヤバそうな案件も解決して今この瞬間にゲラゲラ笑いながら酒を飲んでいるところなんか見るとその場では面白くて笑うんだけども後々皆んな大変な事を乗り切ったんだなぁと思い返す。

だから余計に状況を変えられるにも関わらず自分が悲劇のヒーローやヒロインになって死にそうな顔して被害者ぶって周りの空気を悪くしてまで理解して欲しいと訴えて来たり面白くない正論晒してる厄介な奴らが死ぬ程嫌いなんだなと理解した。

どちらかというと気がつけば深刻ぶる派の自分も昔からの仲間と飲んだ後は嫌な事や厄介な奴らも全部ひっくるめて次の飲み会のネタにしてやったら面白いと考えたら気が楽になる。

そんな仲間とも暫く飲む期間が空くと何となく「今のダサいつまらない自分を見せられない」とか「今日はもしかしたら楽しい自分でいられないかも知れない」とか要らぬ不安やプライドが会うのを避けるようにと促してきて当日まで行こうか否か悩む事もあるんだけど結局会えば笑える時間になるし、帰る頃には重たいと思っていた話も大した事ではないんだなと思える。

今後は腹から笑える時間を増やしたいね。

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【今日の晩ご飯】豚バラ味噌あんかけうどん

米が底をつきまして。

買う機会を逃しまくっている上に近所にオリジン弁当を発見してからというもの自炊率が大幅に下がりました。

オリジンのバッキバキな衣の油淋鶏が大好き過ぎて。

 

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今回は手を抜けるだけ抜いてカトキチのうどんをチンして、その間にカット野菜と豚コマを炒めて味噌ベースで味をつけて胡麻油を垂らしてうどんに乗せて終わり。

ごちそうさまでした。

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問題にすることを辞める

いつのまにか何かを問題視するというクセがついていたことに気がつきそんな自分に疲れたので一切の問題視を辞めました。半ばどうでも良いに近い感覚ですね。そんな事より今は笑う時間や楽しい時間や気持ちが解れる時間、休む時間をものすごい勢いで増やしています。

深刻ぶったり難しく考えたりするのが好きなは勝手にその路線で頑張って下さい。私はもう降ります。という感じで見切りを付けて堂々と休みサボり上等なヘラヘラした生温い生活に変えました。

これがまた良くて幸せな気持ちや穏やかさを感じる時間が多くなりました。

それでも嫌なものに対峙する時はありますがその辺は「面倒くせぇ」の一言で終わらせて放置する。考える事を放棄する。必要最低限の事しかしない。最短で終わらせるようにするなど工夫すると苦労してる感は薄れて効率よく嫌な事とも別れる事が出来ます。

思えば昔はそれで楽しくやってたんです。楽しいならやる。嫌なら切る。

こんな単純な事に何を拘っていたのか何を迷ってたんだという感じです。

楽をして馬鹿を見てもそれすらもうどうでも良いんです。

どうせ苦労しても得られるものって別に大したものでも無かったし、どちらかといえば無邪気にこれ欲しいこれがやりたいと思った時に手を伸ばしたものの方がかけがえないものになる事の方が多かったです。

あーでもないこうでもないと心配したり取り越し苦労するだけ無駄でしたね。

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苦しいという気持ちは本来のルートを外れているという事

楽しみの中にやらなくちゃいけない事があるのと、ただ苦しいというのとでは全く訳が違います。苦しいという気持ちが湧いてくる時は自分本来の道筋を外れているという事です。

例え「苦労に価値がある」と誰かに言われても自分にその考えがフィットしていなければ自分には必要のない価値観なので取り入れなくていいでしょう。

苦労説を押し付ける側の大概の人は単に苦労中毒なのと不幸病や複雑思考に陥っている人達なので聞く耳持たなくていいです。

こういう人達は自分で気づかない限り死ぬまで抜け出せないので放っておくより他ないのです。

それよりもハマるとか熱中するとか没頭する夢中になるみたいにどこかでスイッチが入って集中すると本来の自分の道筋に沿ったやり方で物事が進みます。

今が苦しいならまだまだ好き勝手にやれていない証拠だし自分よりも他人の声や態度に左右されていることも多いかと思います。

苦しさを脱却するには、より自分本位にやってみると抜け出せる余地があると思います。

 

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やたらと焼き芋に惹かれている

3日前からやたらと焼き芋が食べたくて仕方なく3日連続で近所のコンビニで焼き芋を買っている。

コンビニといえどかなり本格的な味と香ばしい香り。皮ごと食べる。

自宅で石焼き芋は出来ないのでコンビニで良心的な価格で気軽に買えるのは有難い。

どうしてこんなにも焼き芋を欲しているのか。秋だから焼き芋というのは単純にイメージとしては当たり前っちゃ当たり前だが読者登録している気虚体質の方にオススメの食薬 - 薬膳でセルフケア めざせ!仙人lifeさんのブログ記事がタイムリーで思わずブックマークをした。

さつまいもを欲する時は「気」が足りないそうだ。

そういえば先週末は暴飲が過ぎたのとテンションも常にエンジン全開だったようで体も心も疲れ気味だ。

それにしてもサツマイモの品種も昔は紅あずまくらいしか知らなかったが今や焼き芋人気トップを独走している種子島産の安納芋や徳島県産の鳴門金時など糖度がものすごい高さでわざわざお菓子にしなくても十分甘い品種が多くて驚く。

一時期、銀座三越の地下にある食品街に焼き芋の専門店が出来て焼き芋マイスターなる店員さんが厳選したサツマイモの品種が並んでいてそれなりのお値段で販売されていた。もうそのお店は閉店したがコンセプトが面白かった。

昔ながらの石焼き芋屋の軽トラックもここ何年かあまり見かけなくなって石焼き芋もなかなか手に入らないものになり、いつかは忘れ去られるものなのかも知れないなんて思っていた時期もあるがこうしてコンビニやスーパー、百貨店と至る所で石焼き芋が買えると言うことは日本人の大半と石焼き芋は切っても切れない縁なのかも知れない。

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