RINOの何でも帳

雑記的な日記

他人にストイックさを求めることの話

他人にストイックさを求めること。

 

これね、本当よくやりがちな間違えだけど自分に課してるストイックさを他人にも無意識に強要してる時ってあるよね。

無言の遠回しの圧力みたいな。

 

でもこれ大概無駄であり、煙たがられて終わるという感じだ。

本当に本当に色んな所でよくやってしまうから後からごめん!と思うわー。

 

「私もやってるんだから、あなたもやりなさいよ!」的な事を押し付けがましくやってるときあるよね。

 

でも、がむしゃらに頑張ってバッシャバシャ水飛沫あげながら必死こいて泳いでるつもりなんだけど、実際には同じところグルグル回っていて大して進んでないという。

ほとんど徒労で終わるっていうね。

そして全く面白い展開にならない。

自分も周りもつまらない。

そして人は去っていく。

いいこと一つもない。

 

力まない方がスーッと滞りなく行けることの方が多いね。

 

なのにも関わらず懲りずにまた奥歯をゴリゴリに噛み締めて頑張っちゃう事、まだまだあるのね。

ま、そんな時は自分に

「もう疲れるまで好きなだけやりなはれ。」

なんて声を掛ける。

 

非効率で、効果も見込めないのに何故つい熱くなってしまうのか。

紛れもなく「好き」だから。

先に書いた

 「私もやってるんだから、あなたもやりなさいよ!」

 

突き詰めれば、自分と同じ熱量でなければいけない!という力みだということ。

それだけ物事に対してめっちゃ熱いヤツ。

なんだよね。

アツいのはめちゃくちゃ好き。

気持ちに熱いものを持っている人は大好き。

 

それを自分と同じ熱量じゃないと「好き」とは認めないぞ。

行動してるとは認めないぞ!と自分のなかでやっていると途端に

「うわ、こいつ面倒くさい」となってしまうのだな。

 

好きの表現は人それぞれだしね。

 

それに恐怖で支配して他人は一時的には動くかもしれないけど納得行ってないんだから、その内嫌気がさして

「こいつとは付き合ってらんない」と静かに離れて行ってしまうのかもしれない。

 

オカンに「あんた!宿題しなさいよ!」とキレられても

上司に「お前の仕事の仕方がダメだ!」と言われても

よーし!やる気出たぞー!とはならないよね。

 

寧ろ、萎えるよね。

 

ストイックさもうそうなんだけど、他人に向けるエネルギーは自分に向けた方が消費効率が良いのかもわからんよな。

 自分の中での課題というか成長というか技術に関わらず、出来ない事が出来るようになった!という感覚にはストイックになった方が日々豊かで面白いかなと最近は思う。

 

人が動く理由って一体何だろうかと思う。

お涙頂戴だけではなくて

怒りも悲しみも悔しさ情けなさ、楽しさ、嬉しさとかま、ネガティブでもポジティブでも心が動くよね。

思い切り泣けると評判の映画よりも、近しい人の言葉で堪え切れず泣いたりする。

みんなが良いと思うものに気持ちが動くわけでもない。

もちろん多くの人を動かすことができる人ってのはマジで素晴らしい。

あのアーティストを見にいきたくなるのは、心が動いたからだよね。

感情が動くとき人は行動にでるものなのだね。

何が誰のなんの感情にリンクするかはわからないけど。

 

自分はバンドをしてきてよかったな思う事。

確かに多くの人に届けはそれはそれでめちゃくちゃ嬉しいこと。

何よりライブの空気感を共有できることも最高に嬉しい。

それからバンドの作品が誰かの感情にリンクしているっていうのが嬉しい。

自分も音楽聴いてる時は、そうだもの。

 

ともかくどうして動いてほしいか。

 

ただ散々に文句垂れるて煙たがられるか。

ワザと冷めた感じで裏で皮肉を言うのか。

情熱をもって相手に訴えかけるのか。

伝え方で違うもんになるのではないかなと思って実験しているところだ。

 

まぁ相手の受け方次第もあるし、基本は他人は変えられないというところを念頭に置いて。

小心者なので、ちょっとずつね。

 

ともかく、今年は「喜び」「楽しみ」がキーワードなので。

自分の喜び楽しみ面白さに関してよりストイックになろうかなと思ってる。

 

じゃ!また!

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