RINOの何でも帳

雑記的な日記

バンドを始める前に持っていたらよかったなと思う気持ちの話

人との関わり、礼儀礼節を重んじる以前に持ち合わせていれば色々と思い迷うこともなかった事。

 

ここ数日しくじり先生ごっこを頭の中で繰り広げていた。

あの番組大好きでね。

たまにしか見ないけど。

開き直っていて嫌いとかの意見も聞くけど、人間は必ず生まれ変わるときは開き直ると思っている。

開き直るとは別に態度をふてぶてしく「俺は悪くないもん」とやっている様ではなく。

現実を正面切ってみる事が再起をはかるときには非常に大切なことだと思う。

 

その時初めて自分に課してきた無駄・余計なものを全て削ぎ落としてその人らしさで生きられるような気がするからだ。

 

もし自分がバンドを始める前から持っていたら良かったと思う気持ちの面での事。

というよりか、生きていく上でこういう気持ちを持っていれば遠回りしなくて済んだのではないのか。という事。

結局一つしか浮かばなかったのだが。

そこからの派生形はいくらでもあるんだけど、全ての根源はまずは

「自分を大切にすること」

本気でそれ以外ない。

 

自分自身というのは意外と置いてきぼりである。

これはもう礼儀礼節以前に最も大事で最重要事項だと考えている。

というか自分に対してまず礼儀を持っているのか?という事。

 

ここがブレていると、自分の本心なんかすぐに分からなくなってしまう。

何か表現するにも行動するにも迷う事が多くなってくる。

自然に迷いなく出来てる人間もいるだろうし、自分みたいに悩み迷って気づいた頃にはかなり消耗していた。なんて人もいるかもしれないし。

これはあくまで自分の体験に基づくものなので好き勝手書くとする。

 

まず自分がブレていると人でも事象でも、ブレた隙間に玉石混淆とでもいうか何でもかんでもとにかく入ってきてしまうのである。

無害なウイルスも悪いウイルスもとにかくバンバン何でも入ってきてなんにでも反応してしまうのである。

判断が効かない状態と同じ事が起きる。

 

自分を大切にできていれば災難の火種を未然にマスクのように予防できるし、若しくは抗体のように一度来てもそこでコテンパンにやり込んで二度と寄ってこないようにできるのである。

自分自身にとってのマスクや抗体は、毅然とした態度かもしれないし。

自他の線引きをキッチリとする事かもしれないし。

時々によって変わるけども生きていく上で、また自分のやりたい事をするためには必要な事だ。

 

自身を放棄して他人に奉仕することは優しさでもなんでもない。

自分の心に無理を利かす事になるので次第に軋轢が生まれて遅かれ早かれ、大なり小なり必ず災難に見舞われる事になる。

本当に大切にしたい人、関係を傷つけ失う可能性もある。

自分が何を大切にしたいか理解していないのは優しくもなんともないのである。

 

そして自分が揺れない事で物事や他人に対して過剰な幻想を持たなくて済むので、余計な物事にエネルギーを注ぐ事なく自分のやりたい事に専念出来るようになる。

結果、無駄な災難を避けられると考えている。

 

次に自分はどういう事を思っているのか「自分の言葉」で「相手に」「本人に」話すことに尽力すること。

愚痴レベルではなくて。

最初は雰囲気壊さずにだとか、相手が気分悪くしないだろうかなど伝える行為に遠慮する事もあるが、どうしてもこれは!という事は真剣に声を上げて伝える事のほうがより大切だ。

それから対等にモノ言えないような関係、状態であるなら切る、捨てる、離れる事も選択肢には入れておいた方がいい。

それに言うべき人間に真意を伝えてコミュニケーションを取らないでいると、相手に対して大きく外れたレッテルを無意識に貼ってる場合がある。相手を誤解したまま自分の中で完結するので関係は離れていく一方なのである。 

自分の中だけで作り上げた相手像は大体外れている。

「相手はこういう人でこういう状態でこういう性格だから」とそこで完結して、コミュニケーションを諦めていれば、または作り上げた相手像だと決めつけて接していては一生相手の真意は解らない。

現に相手をこういう人と決めつけている方が傲慢な事なのかと思い直す事が多くあった。

 

長々と書いたが、自分を大切にする事を心掛けると様々な場面で「これは自分を大切にしているのか?」と自分の一挙手一投足が気になりだすのだが、これは絶対に外せない極め付けというのがある。

 

「自分を責めない」という事。

日本人は反省が大好きである。

反省とは自分を罰する行為ではないという事。

自責のためにする事ではないということ。

これはどこにでも使われている表現だが、出来ている人は自分含めてほとんどいないのでは?と思う。

人の思考は一日に数万回~数十万回と言われているがその内のほとんどが自責または他責ではないかと思う。

 

人を責める事は遠まわしに自分を責めてる事と同等なので、人間1年365日常日頃いつも何かを責めている事になる。

間違えなら正せばいい。

これは自分にも他人にも平等に与えられているチャンスなのであるから責める事から解放されて、物事を真正面から見る事で二度と同じ間違えはしないと思う。

責めていても始まらない。

責めてるところには草一つ生えない。

今出来なければ飽きるまで責めていたらいいと思う。

自分を受け入れられるまで。

受け入れる事は責める事よりも難しい。

 

 

自分自身、自分も周りも責めに責めまくっていたのだが心底飽きたと感じたので辞める事にした。

簡単ではなかったが

「もういいじゃないか」と思えてきた。

昔に比べるとかなり楽な心でいられている。

 

バンド活動に限らず人との関わりは死ぬまで付いてくる。

避けられるものではない。

ややこしいことするのが人間。

もう心底、人が嫌いだなと思った事は何度もある。それでも一緒に楽しんだり喜んだりすることもできると思っている。

そのための基本としてまずは「自分を大切にする」

 

今後は他人に迎合する事なく対等に付き合える人と、そして自分とのコミュニケーションを優先して過ごしたいと思う。

広告を非表示にする