RINOの何でも帳

MECHANICAL TEDDY RINOの雑記的な日記

労うことの話

社会は具体的にわかりやすい結果を求められがちな世知辛さがついて回るもんだと怖気付いた時もあるが、まともな結果が出ずとも「よくやってきたよなぁ」と念入りに労うことで次の英気を養うことがいかに大切か。

 

今までの過程を何の労いもなしに、ただひたすら走り続けていてはガス欠になるのは当たり前のことで、頑張っているようで実はとてつもなく非効率的で非生産的な事だと気付かずにやっている場合が多くある。

効率や生産や具体的な結果を求めるのであれば労うという行為は必須なのにも関わらず、すっ飛ばして次から次へと限界ギリギリまで、ぺしゃんこになるまでやる事が当たり前のようになっているのは絶対に違うと考えている。

 

それに労うことも許さず追い立てるような奴とは付き合わなければいい話なので、そんな奴の期待には答えようとしなくてもいい。

付き合いを辞める、臆せずこちらから見限ることでより良質な人間関係が育ち保てるようになるから、そこに関しては容赦しない。一切の罪悪感は無し。

今年は特に厳しくどんな立場であれ前述した通りの人間とは付き合わないと決めた。

義理や損得以前に自分の心身の健康の方が一番大事だからだ。

犠牲なんてもんはクソくらえだ。

 

こちらから見限る人間に当てはまる特徴として追い立てる本人ですら独り相撲、ラットレースにハマっていることに気づかないでいる。

なので話が噛み合う訳がないし、こちらから従う義理もないし媚びる必要もない。

 

心身のバランスが崩れるまでやること、自身を擦り減らしてまでやるのは美徳でもなんでもないという事。

労うべき時にキッチリと労い、良いパフォーマンスで次に臨んだ方が余計な力みが入らなくて済む。

余白のないところには何も生まれない。

 

大事なのは誰を何を大切にするのかをキチンと明確にする事と自分がおかしくなるまでやらないこと。

 

上手くいかない時

過去を後悔してる時

目に見える結果が伴わない時こそ

「よくやってきたなぁ」と自分を労う。

 

また新しくやり直すために労う。

ここ忘れがちなので備忘録として。

 

よーく、やってきたねー!

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