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RINOの何でも帳

MECHANICAL TEDDY RINOの雑記的な日記

自分を差し置いて他人にかまけると色々としんどいですの話

以前は何かに取り憑かれたように認められたいとか好かれたいを渇望していたように思います。

そんな事をしてるうちは、とても心がしんどかったし人といるのが本当に苦痛で出来る事ならもう誰とも関わりたくないという気分にまでなった事がありました。

 

ある時「心がしんどいんだとしたらこの"好かれよう"とする行為自体が無駄じゃね?」とハタと気がついたんですね。

と、同時にとてつもない怒りが腹の底から湧いてきたわけです。

「自分を差し置いて他人にかまけてる」自分にものっすごく怒っていた訳です。

それまでは事あるごとに何となく虚しい気持ちがついて回っていたのですが、その時から何でもかんでもとにかく怒っていましたね。

きっとあらゆる所で迷惑かけたり非礼も無礼もしてきたと思います。

その時は

「本気で気持ちを言って壊れる関係だったら壊れろ」

「もう自分が自分でいられないところはどんな事をしてでもぶった斬る」

「もう良い人ぶらない」

という勢いでした。 

そんな事を続けているうちに今まで良かれと思って盛り上げようとしていた会話も良かれと思って気を回していたつもりでいた事も全てが勘違いしていたのだなぁと思い始めました。

周りの人の方が圧倒的に素晴らしいという事がよく分かりました。

 

だから、最初から"好かれよう"とかは思わなくても大丈夫だったという事ですね。

そんな風に振舞っている時は心の底から虚しいの、知ってます。

さっさと自然体でいきましょうか。

てな感じで、怒りながらではあるけれど色んな無理をしながらしていた事を少しずつ辞めて良かったと思いました。

 

そんな事してるうちに段々と気の合う人達、本当に自分が飾らず仲良くしてる人達と繋がり始めたり、また連絡取り始めたりと周りが楽しくなって来ました。

それと同時にこんなに自由に振舞ってんのに受け入れてくれて面白がってくれてありがたいなぁと思うようになりました。

年とともに心身共に無理が利かないようになってきました。

お世辞にも行儀が良いとは言えませんし、立派なこともしてませんが、もう今は好きなようにしか振舞えなくなってしまいました。

 

いろんな意味でデキると勘違いしていることを総じて辞めました。

誰かに受け入れられようとかっていうのは大概が肩透かしだし、とても息苦しい事が長年そんな風に生きてきて充分にやり切ってきて、良い加減もう辞めようと決めたのがやっぱり良かったです。

 

現在もそんな癖が出たり出なかったりしていますが以前と違うのは実験的あるいは主体的にやっているかどうかだと思います。

前はそれしか方法がない。と思っていたのでとてもしんどかったのです。

それも誰にも望まれていないのにです。

 

もう好きにやるしかないんです。

なので嫌いな人合わない人には無理に付き合っていただかなくて結構です。とハッキリと意思表示できるようになりました。

 

そうすると自然と色んな人に受け入れられきていたことを思い出すし、どんな時にも人が居た。一人ではなかった。その人なりの優しさがあった。なんて発見がありました。

気づかなかったのは拒否してたのはこっちの方なんだって本気で省みたり。

 

 ともかく残りの人生は好きな人達と思い切ってバカやれるかどうかで楽しんでいくと決めました。

それでも何やかんや起こるかもしれませんが、もう好きにやろう。

 

先日ギャグセンスが最高な我が友からもらったフェイスパック。

次の日の化粧ノリ最高でした。

ややブラックメタル気味。

こんな風に(どんな風に?)

ブラックな時代もありました。

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