RINOの何でも帳

雑記的な日記

嫌いな人が見せる自分の欲求について

ここ最近あった出来事の中で、どうすべきか考えていたのですがとても良い記事を見つけました。

仕事で例えるなら、同じ目標感覚で走っていたと思っていた同僚が突然締め切り間際になって業務が白紙状態だった事が発覚。

まず頭に浮かぶのが「ふざけんな」です。

次になぜこうなるまで放っておいたのかという疑問と不信感。

にも関わらず、件の同僚は「受け持っている他の仕事で相当忙しかった、理解してくれ」の一点張り。

なんとか居る人たちでリカバリーしたがどうも釈然としない。

こんな感じの似たような事が起きまして、どうしたものかと考えていましたが記事を読んで悩むだけ無駄かもしれないと心穏やかになりました。

 

blogos.com

参考になった言葉をいくつか抜粋しました。

できないと決めつけて、何の工夫もしないヤツは大嫌いだ 。 

 

仮に、本当に能力が低くても構わない。でも、その能力で最大限できること、最低限の利益を自分にも周りにも還元できる工夫をしている人を、私は評価したい。  

 

困ったときは周りに相談し、助けを求めてもいい。だが寄りかかってばかりの人は、自分が一方的に受け取ろうとして、自分からは何も相手に与えようとしない人が目立つ。その場だけ一時的に助けても、解決にはならない。なぜカネに困っているのか、なぜ苦しいのか、根本的な解決方法は何なのか。自分でそれらの問いの解答を見つけてもらわないと意味がないのだ。 

 

苦境にある仲間を無条件で救いだすよりも先に、自分で解決する示唆を与えたり、あえて厳しく接したりすることも、仲間の大事な役目だ。シェアすべきは、苦しみではない。喜びや感動、自己の成長であるべきだろう。

 

私はデキる人とかデキない人とかはどうでも良いんですが、相談することもせずに自己完結で終わらせること自体に思いやりが無いし身勝手極まりないと感じました。

翻弄されて面白くない思いを抱えるのは嫌だし、自分の日常を出来るだけ笑って過ごすために私は敢えて突き放そうと思います。 

しかしながら嫌な人の中に自分でも認められない無意識の欲求が潜んでいるという話を聞いたので、私の中にも

・弱い自分を受け入れてもらいたい

・丸投げしたい

・他人に決めてもらいたい

などの欲求が有るのだと分かっただけでも大収穫です。

そう行動するかと言われた多分敢えてはしないですが、どこかで誰かには気づかれているかも知れません。

それを認めたからと言って嫌いな人を好きになるわけでもありませんが次に同じ状況に陥っても過剰に反応しなくなるそうなので早々に認めます。

しばらくしたら「あの人、疲れてるんだな」と理解できる余裕もでてくると思います。

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