RINOの何でも帳

雑記的な日記

全部自分でやろうとする方が迷惑かかる場合もあります

仕事って何だろうって根本的なことを考えていました。

「自分の出来る事を他人に提供する」ことが価値となる事と

「自分が出来ない事を他人に頼む」事で助かりましたとお礼を渡す。

これだけだと思います。

自分の得意な事はどんどんやって不得意なんだけどこう出来たら良いなと思っている所を出来る人に頼む事で仕事が循環していきます。

 

マルチにあれこれ器用にある程度できてしまう人が陥りやすい罠として、出来ない時に自分や他人を責め立てるという事を心の中でします。

やることわかってんのに思うように出来ない!何で出来ないんだろう、自分の何がいけないんだろう・・って時間の無駄です。

単純に出来ないのは努力や自覚が足りないとかではなくて能力が足りないだけでその道のプロにお願いすれば速攻で解決するのになと思います。

しかも出来ない事って全然悪くないのに無駄に出来ないことに対して厳しいんです。

出来ないことがある事と自分の存在意義をイコールにしなくて良いです。

出来ない事で存在意義まで否定する人となんか付き合わなくても良いです。

根性論に逃げて自分に酔っているだけだと感じます。

一昔前のスポ根ドラマかよって。

私は出来ない事をお願いできないというのは単純にケチなだけだと思います。

しかも、そういう人って要らぬプライドが邪魔して人に頼れないことが多いです。

人も自分も信頼していないんだと思います。

自分一人では難しい事はさっさと手放して出来る人に任せた方が流れが生まれるので解決が格段に早いです。

出来ないとさっさと認めて「これはこうしたんだけどお願いできますか?」と頼んでスムーズに自分の思うものを得てお礼を渡すのと、

「何で自分はこんなに出来ないんだろう・・」ってウジウジして流れが止まって結局欲しいものすら得られないのと、どっちが気分が良いですか?っていう話でもあります。

欲しい結果が得られていないのに、それでも自分が正しいと思えるのは何故なんでしょうか。自分のやり方に限界があることをなぜ疑わないのでしょうか。

全部自分で抱えて全部自分でやろうとするのって独りよがりの迷惑行為だと思います。

自分一人でなくても内輪で抱えて誰も適任者がいない時、中にいる人を責めても無意味です。

もうそこに適する人がいないんだからしょうがないじゃない。

人に紹介してもらったり、ネットで調べれば幾らでもその道のプロはいます。

外には手助けしたい人が沢山いるんです。

自分が苦手で出来ない事は誰かが大好きでやりたくてしょうがない事だったりします。

 

自分ができないことを無理してやることは仕事でも何でもないです。

誰かに頼ることで仕事が生まれて、頼んだ人も頼まれた人も気持ちよく価値の交換ができるのが仕事です。

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