RINOの何でも帳

雑記的な日記

素直と従順は似ているようで全く違います。素直さを取り戻すまでのプロセスとして。

素直の従順の意味は似て非なるものです。

 

■素直・・物事をまっすぐに捉える事。

■従順・・おとなしく人に従う事。

 

文字にすれば全く違うのに気がつけば思考が従順に傾いている時があります。

幼い頃は親に対して従順でいないと死活問題ですし、学生になっても先生に従順でいないと内申書に響くし社会人になっても上司に従順でいないと職場で居心地が悪かったりと常に誰かに従っていないと生きていけないような感じがありますね。

「素直な人が好きだな」や「素直な人は成功する」の台詞に含まれてる"素直"の意味は誰かをコントロールするために使っている人もいます。

この台詞を他人に多用する人は素直が好きなのではなくて、素直に従う人が都合が良いので好きな人が多いです。

 

じゃあいつ何処で素直になればいいの?と言うところで考えると簡単なようで難しいようで至ってシンプルで無意識にやっている人はやってる事で言われてもピンと来づらい事なんですが、

「先ずは自分の心に素直になりましょう」て言う事なんですね。

 

素直な時期は有ったはずなのに親といた頃からなのか学生からなのか社会人からなのかは分かりませんがどこかで自分の心に素直はいけない事だと学んだんでしょう。

人に従うことが正しいと信じてしまったんですね。

 

人に従えば大きな間違えは起こさずに済むし自分から傷つくことも殆どないのがメリットです。

しかし自分自身が本当に感じたことに自信が持てなくなるのでいざという時の判断に困ったり文字通り意志が弱くなります。

そして素直に感じている事を無視するので何となく息苦しいとか生きづらい気持ちになっていきます。

例えば他人から嫌なことをされてもその場では笑って誤魔化して家に帰ると思い出して「あの時、本当は怒りたかったのに何で言えなかったんだろう」なんて言う風に感情の消化不良なったりと段々と自分の思いに時差が出て来ます。

その我慢した分、時差が出た分をどこか全く違うところで八つ当たりのように無益な喧嘩や何かに依存する事で発散する場合もあります。

 

(私の場合はこのブログに書き殴ったり、つい仲の良い人と喧嘩になることがあります。

ブログの場合は百歩譲って良いとして無駄な喧嘩はなるべく避けたいものです。

喧嘩の起こる理由は大体が「分かって欲しかった」気持ちから始まりますのでじゃあ誰に分かって欲しかったのかをもう一度考える事である程度余計な八つ当たりを避けることが出来ます。)

 

素直さを封印した日から段々と生きづらさが負債のように溜まって八つ当たりも依存も散々やった!もう限界!と自暴自棄になっていよいよ感情が底をつく日が来るのですが、そのもうボロボロのヘトヘトになった時こそ素直さを取り戻すタイミングです。

従順な自分を捨てて自分の気持ちに素直になれるチャンスが訪れます。

良い意味でも悪い意味でも嘘が付けなくなります。

一時、とても荒っぽく怒りっぽくなります。

でも安心してください、取り戻してますよ!

怒りが一通り終わると、些細なことで悲しくなって泣けてきたり途轍も無く落ち込んだりします。

でも安心してください、取り戻してますよ!!

一通り悲しんでいると今度はどんな小さな事にも面白がれるような感動できるような、素直さの片鱗みたいなのを段々と感じられるようになります。

人によって波はありますし行きつ戻りつしながら一辺倒に従順とはいかないですが大枠で見ると大体がこんなプロセスで従順で不自由な自分から素直で自由な思考ができる自分に戻れます。

私もまだ行きつ戻りつだったりします。

自分を従順さの陰に隠していた分だけ戻るような感じです。

多少毒っぽい自分も適当な自分も受け入れられるようになります。

何度か繰り返しているうちにその内物事をまっすぐに捉えるようになります。

気がついたら自分の気持ちに素直なれてるかも知れないなぁと感じられるようになります。

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