RINOの何でも帳

雑記的な日記

批判が怖いという時の考え方

私が批判が怖くて人の目が気になって思い切りやりたいこと出来ないという気持ちに陥った時に楽になる考え方をいくつか書きました。

 

■誰も自分の事なんて見ていない
そもそも批判されるという考えは沢山の人に見られているという前提がないとそんな気は起こさないはずです。
冷静に考えると相当な自意識過剰だと思いませんか?
有名人でもない限り誰にも見られていないので安心して何でもやってみればいいです。

 

■皆どうでもいい人に対して言及する労力は割くほど暇ではない

これだけ情報が溢れている中に発する塵ほどの投稿に何か反応する人ってどれくらいいるでしょうか。

ましてや自分の生活もある中で、どこの誰だか知らない人にまで言及するというのは意外と労力が必要です。

なので、まだそんなにネット上に知られていないような場合は心配する事はないでしょう。

それに例えその場でバズったり炎上したりしても一瞬の出来事で生涯覚えている人はいないでしょう。

ましてやその投稿者の人となりに興味を示す人の割合なんて殆どいないです。


■もし仮に批判が来たら自分が目立ち始めたか相手が暇人かのどちらか

もしも何らかの批判が飛んで来た場合二つのパターンが考えられます。

一つ目は自分がようやく目立つようになったか。

目立つようになると意見される機会も多くなるわけで単純に好きと嫌いの意見とがバランスよく出てきます。

これは、きちんと活動をしている証拠です。

Amazonのレビューでも星5つの評価だけの商品って胡散臭いと思いませんか?

特に目立って来た中での嫌な意見の中には「確かにそうだな」という真っ当な評価をする人が極々稀にいるので掬い上げて意見を取り入れて改善するとより良いものが出来上がる可能性があります。

でも、十中八九ただの悪口なのであまり真剣に受け止めなくてもいいです。

とりあえずはちゃんとやっているか否かのバロメーターになりますという話です。

 

二つ目は暇な人に絡まれただけか。

一部、暇で暇で仕方なく見ず知らずの誰かの揚げ足をとったり誤った正義感をぶら下げて当たり屋の如く叩いてくる人がいるそうです。

現実ではヤンキーのような因縁をつける人とは殆ど出会うことが無いですがインターネットの世界はまだまだ無法地帯で顔が見えないのをいい事にヤンキー紛いな因縁を付けてくる人も残念ながらいます。当たってしまったら現実同様に無用な喧嘩は避けてとにかく逃げましょう。

その人達は暇を潰したいけど何か手柄を取りたい狩猟民族なのです。

相手は論破したという達成感と優越感が欲しいだけなので負けを認めて相手を勝たせてあげましょう。

相手をするだけ無駄なので余計なところにプライドは立てずに適当にサクッと謝って早々に離れる事で深傷を負わずに済みます。

追記:こういった行為をする人が毎日気分良く過ごせているのか疑問を持てばあまり振り回される事ないと思います。

だって本当に自分の人生を楽しんでいたらそんな事出来ないはずですから。

 

■心にフィルターを付ける。基準を自分で作る。

批判がまだ怖い、既に何かしら批判されたという場合は心にフィルターを付けてみましょう。

真剣に受け止めて「そんな事言うなんて、、酷い!」なんて思ってしまう事もあるでしょう。

そんな場合は早急に信頼ある人に相談して「あなたにそんなに酷い事言うなんて本当クズだね!」「あなたはそんなに酷い人じゃない。気にしないで大丈夫!」という言葉を何度も貰いましょう。

そんな相談する人がいない時はカウンセリングなどでただ話を聞いてくれるような場所へ逃げましょう。

無料で電話相談などに応じてくれるところもあります。

それから物理的ではなくイメージになりますが自分の中で不要な意見を弾く感覚を持つ事も有効ですよ。

もし批判が来たら出来るだけ嫌そうに「うーわ!その話マジでいらねぇ!」「こいつの話、クソつまんねーわ」と出来るだけ汚い言葉を唱えるだけでも効果ありますよ。

もう一つ既に批判を受けて落ち込んでる方は、意見を聞く人の基準を設けた方が色々と迷わずに済みます。

私の場合は

「私個人に関する批判は本当に私の事を心から大切に思ってくれている人達以外は受け付けない」

「私の趣味に関する意見は趣味に対して金銭を支払ってくれている方々の意見しか聞かない」など先に決めておけばダメージも少なくなります。

そもそも私の事を本当に大切に思ってくれている人達は無責任な批判はしないですし、仮にここがダメだよと言われても結局は信頼している関係から発するので素直に「ごめん、これからは正すね」と思えるものです。

 

あとは自分の基準以外での言及は全て無料で拡散してくれる広告だと思うと気が楽ですよ。

好き発言も嫌い発言も同じなのでどこかで言及してくれたもの勝ちだからです。

日本一不味いラーメン屋で知られた彦龍というお店は「不味い」という噂が噂を呼びメディアにも度々登場して有名店になりました。

「不味いラーメン」という評価は不名誉ではありますが、それ以上に大事なのは「どのくらい不味いラーメンなのか行ってみてやる」と店に赴いた人の数です。

本当に残るのは美味しいラーメンだと思いますが、話題性という面で話せば嫌いという側面も使いようだと思います。

例えば友人が「私こいつ嫌いなんだよね」と話した人に対して「え、誰?」という風につい聞いてしまうのと同じです。

好きとか嫌いでインプットされた名前をどこかでまた聞いた時に「そういえば、友人がこの人の話していたっけなぁ」と思い出すきっかけになれば尚良しですね。

誰かが好き嫌いと話した瞬間にもう勝ちです。

あと、私もたまにやりますが誰に宛てたかわからない批判はその投稿をした人の株が下がるだけなので「これは私のことかしら?」と思い悩むこと自体が無駄です。

株が下がってでも発したい愚痴なだけです。

 

◎究極はやっぱり誰も見てない前提

批判を何でも受け入れた方が良いという考えがある方は好きなだけ受け取れば良いと思いますが、そうではない傷つきやすい方や無意識に人の意見に乗っ取られている方には以上のやり方は有効です。

そもそもどうして怖いのか?次にその怖さを軽くするためにどうしようかと対策を考えればある程度の批判は怖くなくなるでしょう。

でも究極は最初に話したように「誰も私のことなんか見てない」という気を持って好きにやることが一番です。

それに魅せるとただ見られてるも全然違いますが、長くなるので一旦切ります。

好きなこと思うこと沢山発信しましょう。

 

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