RINOの何でも帳

雑記的な日記

終わるって事はまた新しく始まる訳で。平成のイメージとこれから先どうなりたいか雑多に。

いよいよ平成が終わると感じている人が沢山いて皆んな少なからず同じ想いなのだなと思っていた今日でした。

 

■個人的に思う平成時代のイメージ
平成時代ってどんな時代なんだろうかと個人的に思うところとしては「みんなで同じものを好きになった最後の時代」と「みんながそれぞれ好きなものに誇りを持ち出した最初の時代」かなと考えています。
細かくは90年代前半後半、2000年代、2010年代とカラーが全く違いますが私の中の狭い世界から得た感覚で語らせてください。
私が青春時代を過ごしていた頃はカリスマという言葉が流行していました。
カリスマ美容師やカリスマ歌姫、カリスマ店員、カリスマモデルなんて言葉がメディアのあちらこちらにあったように思います。
みんなカリスマとされている人に憧れての持ち物や来ている服、メイクを真似したりと自分たちもカリスマに近づきたい!というような気持ちでテレビや雑誌を見ている。そんなイメージでした。
私自身も浜崎あゆみさんや安室奈美恵さん、倖田來未さんなど華のある歌姫に憧れたり雑誌に載っているカリスマ読者モデルに釘付けであの頃は憧れるものが沢山有ってとても心踊る毎日だったなと感じています。

 

■個を突き詰める時代
時代が変わって今度はみんなが同じものに対して素敵だねというよりも、それぞれ個々に良いというものが違う事がようやく尊重され始めたように思います。
オタク文化が日の目を浴び始め今までアングラやサブカルチャーだったものもメインカルチャーになっていきました。
ここ何年かは個人の趣味嗜好を深める時代なのだなとなんとなく思っていました。ニッチでマイナー、マニアックな時代ですね。
そしてインターネットの発展も絡んでSNSyoutube然り個人発のメディアがもう当たり前な時代になっていますよね。
日本の歴史に於いて今まであんまり個を突き詰める時代って無かったじゃないかなと思います。
全体の中の個というのが当たり前で個性が突出すると忽ち変な目で見られてしまう。今もそうかも知れないけど「変な目で見られるって何かおかしいよね」ってことを口に出すことってあまり無かったように思えるんです。
今はネットで探せば同じ気持ちになっている人をすぐに見つけられますね。
自分が持っていた思いを上手く言語化している人を見つけた時に大きく頷ける有難い時代です。

 

■カリスマ文化とオタク文化に共通する嫌な側面
とても楽しく有難い時代を若い頃から過ごして来た私が昔から個人的に嫌だなという気持ちになる時に共通する側面があります。
(個人的に思う事なので誰にも当てはまることではないかも知れませんがここは私のブログなので好きに書きますね。)
それはカリスマ文化もオタク文化も選民意識の度が過ぎるところです。
カリスマ文化が流行していた頃はとにかくカリスマの人が持っているもの、流行っているブランドを如何に多く所有しているかなんて事を意識的にか無意識的にか競い合うようにやっている人が多かったです。
カリスマ美容師のいるヘアサロンで切ってもらうのがステータス、カリスマモデルが着ているものと同じ服を着るのがステータスで、少しでも流行から外れていたり地味でいようもんならパンピーなんて言われるような風潮でした。
オタク文化は如何にコレクションしているか好きなものにかける時間とお金、知識がステータス。
少し齧る程度ではミーハーでニワカ、エセオタク認定されてしまいます。
これってどちらも根元にあるのは同じ事なんじゃないかなと考えています。
突き詰めていないと、意味がない。
ある種それは正解なんですけど、なんだか息苦しいように見えてとても嫌でした。

 

■勝手に予想する次の時代
これまた個人的な所感なのですが次に来る時代は、より個を意識していく時代なのではないかなと考えています。
今もニッチで完全にオリジナルで自分のスタイルを大事にしながら楽しんでいる人って結構いますよね。
それが更に拡大していくのかな?なんて良い風に予想しています。
それに未だ嘗てないくらいマイノリティとして生きている人達にスポットが当たっている時代です。
マイノリティ、マジョリティという枠組みも無くなっていくし誰とも比べずにそれぞれの楽しみ方を見つけて人の目なんか気にしてないで自分の好きを謳歌できる時代に益々なっていくんだろうなと思ってます。
それとは逆に今すごく何処もかしこも八方塞がりのようなアレもダメこれもダメみたいなバッシングブームですが、それも時代が変わる時によく起こる事です。
数年前にタブーだった事が今では普通に受け入れられているなんて事はよくあります。
今現在タブー視している事を平気でやってのける人に対しての当たりがキツいのはいつの時代にもある事です。

流れが変わってそのうち受け入れざるを得なくなります。 

 

◎どんな時代も私は私でいましょう

私はまだ大して長く生きてませんが何となく時代についていけないと思う時がありました。

若い頃はお金がないから流行から外れていくような怖さがあったし今は今で何か深く語れるものがない。

何だか自分が中途半端に見えるなという虚しさみたいなものを抱えていました。

「一生、時代にフィットしないのかな私って。」なんてつまらない事考え始めるとあまり未来を明るい方向には見れなかったんですね。

いつの時代も中途半端な自分を嫌っていました。

でも、よくよく考えると時代にフィットするなんて事どうでもいい馬鹿げた事ですよね。

自分の好きをミーハーでも中途半端でもいいから沢山見たり聞いたり感じたりする方がよっぽど有意義ですね。

それに、いつ何時いっちょ噛みの時代が来てもおかしくないと本気で思っています。

 

色々あれこれ考えていたら随分と雑多になってしまったのでここで終わりにしておきます。

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