RINOの何でも帳

雑記的な日記

SNSでの繋がりが監視社会に感じたり自他の境界線が曖昧になるような気がしてとても嫌いになった事がありました

先日Twitter嫌いを認めたら天の邪鬼なもんで毎日1回は更新するようになりました。本当現金な奴ですよ、私は。

それでも楽しいとか面白いとはまだ思えませんけどね。

一度感じた恐怖や違和感などは簡単に拭えませんから。

そこを理解してくれる人いてくれたらどんなに楽かと思いますが、先ずは自分が自分の気持ちを受け入れてあげようと思います。

辞めるきっかけは不快なダイレクトメールなどが送られてきた事なんですが今でも思い出すと不快で怖いですね。

今思えばスクリーンショットでも撮って晒しておけば良かったかもと思うくらいです。見ず知らずの人に何故こんなことされなきゃいけないのか悔しかったし怒りで一杯だったし悲しかったしでとても落ち込みましたね。

忘れようとしても不意に思い出してしまう度にどんな手を使ってでも倍返しでやり返したい、リアルでその人に会ったらどんな手を使ってでもキッチリ仕返ししてやるという気持ちが湧いてきますよ。

私は世界有数の執念深く陰湿な女なのでね。

それに私が一時期全てのSNSを辞めて主に以下のような気持ちから解放されたのが堪らなく良かったですね。

一時辞めた事で漠然と感じていたSNSに対してのデメリットが明確になり自分の時間を取り戻す事ができました。

 

■常に監視されているみたい

インターネットは自由な所という印象でしたが何だか常に監視されている気分です。もちろん自発的に発信しているので見られることは承知の上で投稿しているはずなのですが、上手く説明出来ないのですが何だか監視されているようで段々と萎縮するようになっていきました。

 

■発言に迷うのがストレス

投稿して相手に不快感を与える事に異常なまでに恐怖していた事がありました。

昨今の炎上は芸能人のみならず一般の人にまで及んでいるからです。

思った事を投稿しようにも言葉を選んであれこれと考えていると緊張してしまい結果、精神的にとても負担になりました。

 

■自分と他人の境界線が曖昧になる感じがして気持ち悪くなった

SNSは気軽に誰とでもコメントし合えるのがメリットではありますが、そのおかげで自分と他人の境界線が曖昧になる感じがしていました。

ハッキリ言って大して仲の良くない人にラフに来られてもこっちは身構えてしまいます。

特にTwitterは気軽にリプライが出来るのが最大のメリットですがそこが私には合わないんですよ最初から。

それに例えば仕事で使っていて営業の一環だとしても私は無礼な人はお客さんにしたくないと思います。

またリアルだと全然会話しないのに、SNS上では饒舌な人のギャップに困惑しました。

その逆も然りでリアルでもSNS上でも境界線を無視して話すのは疎ましがられて当たり前ですよ。

 

■不快なダイレクトメールを送る人もいる

「そもそもお前、誰?」と言う人から突然脈略もなく不快なダイレクトメールを貰った事がありますがとてつもなく暇かリアルで誰にも相手にされないかのどちらかなのでしょう。

内容はお察しください。

 

■寄ってたかって大炎上させる集団暴力の巣窟になっている

気に入らない投稿を槍玉にあげて間違えた正義感を振りかざしてとにかくやり込める様子は見ていてとても不快ですね。

人間の嫌なところが凝縮されていると思います。

人は正論言っていると思ってる時には脳から快感の信号が送られているそうです。それから人は共通の敵を作る事で結束感を高める性質があるようでこの要素が最も働いているのがTwitterなどで見かける炎上ではないでしょうか。

見ず知らずの誰かに自分の道徳心や正義感だと思っているものを押し付ける事がそもそも道徳や正義だとは思えません。

 

◎理解や共感のないただの繋がりほど虚しいものはない

書いていて今気づいたのですが、ただの情報拡散ツールに自分の気持ちを垂れ流す方がもうどうかしてるのかも知れないですね。

内に秘めている過激な面や不謹慎な面、誰にでもそんな側面あると思うのですがSNS上で表現せずに原点に帰って日記をつけた方が余計な事に巻き込まれずに済む気がしてきました。

 

 

超監視社会: 私たちのデータはどこまで見られているのか?

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