RINOの何でも帳

頭の中をアウトプットする雑記帳。

良いこと起きたら他人のおかげ悪いこと起きたら自分のせい説がもうウンザリした時に

「良いことが起きたら他人のおかげ悪いことが起きたら自分のせい」というのが生きていく上で重要なんだと教わったことがあります。端的にいえばそうなんでしょうけど言葉ヅラだけ解釈してしまうと、とんだ誤解を呼びかねない話だなとずっと引っかかっていて。
確かに人を介して起こる事に対して「あなたのおかげです」と感謝が湧いてくるのも自然なことだし自分の勉強不足で人様に迷惑かけてしまったりした事は明らかに私が悪いよねで終わるんですけど言葉だけで捉えてたらしんどかろうなと思うんです。
てか、私はしんどかったです。
この際だから一旦どちらかに寄せませんか?と個人的に思うんですよ。
悪いことが起きたのが自分のせいなら良いことが起きたのも自分のおかげ。
悪いことが起きたのが他人のせいなら良いことが起きたのも他人のおかげです。
一回どっちかにしてみた方がスッキリするんじゃないかなと勝手にこの考えを日々に取り入れています。
だって何でもかんでも悪いことは自分のせいなんて悪魔使いか何かじゃないと有り得ないですよね。

自分はそんなに悪いやつなの?と一度疑問を持った方が良いです。

罪悪感とは非常に厄介なもので、とにかくありとあらゆる理由をつけて自分の事を悪者に陥れようとします。

終いには自分とは全く関係のないことすら私が悪いんだという間違った持論を展開するんです。

それに自分ってそんなに影響力を持っているんでしょうか?

自分の考えが唯一影響力が働く場所は自分の頭の中だけじゃないでしょうか。

相手を上げて自分を下げる事は美徳な一面もありますが時に自分を卑しめる行為になりかねないんですね。そんな風に自分を蔑んでいるとそりゃ生きてるの嫌になりますよ。

自分を蔑んできた人は一度思い切って他人のせいにしてみる。

他人のせいにしてきた人は自分のせいだと思ってみる。

どちらも勇気のいる事です。

でもそうやってバランス取れるようになると今より生きているのが楽になるんじゃないかなと思います。

それから、自分に厳しく他人に優しくというのも一旦どっちかに寄せてみましょうよ。というよりこっちの場合はどちらかしか出来ません。

自分に厳しい人は他人にも厳しいし、自分に優しい人は他人にも優しいんです。自分に対してしている事しか人は出来ませんから。

どちらかするのは好みですが私は今まで自分にも他人にも厳しい目でいたのですがもうそろそろ疲れたので自分にも他人にも優しい人間になりたいなと思っています。