RINOの何でも帳

頭の中をアウトプットする雑記帳。

ゴシップに目が行くときは自分に集中していない時

国の景気が下方に傾くとゴシップが流行り出すと誰かから聞いて妙に納得した最近です。人は不安から逃れる為に自分よりも状況が悪い人間を見て安心する習性があるようです。

それに上乗せして「私は正しいことしているから私は正しいこと言っているから間違ったことしてる奴らはコテンパンに攻撃してもいい」というように罰せられるべきだと見ず知らずの誰かを責めているときは自分自身の中の満たされない気持ちを見たくないがためにする行為だそうです。

正しさを振りかざす時って一体どんな気持ちでいる時なんだろうなと考えるとやはり確実に今の生活がなんとなく不満な時なんです。

お金がなくて時間にも余裕がなくて何となく日常は流れているけど面白いと思うことも然程ない。一応趣味的なものはあるけどあまり入り込めない。でも贅沢なんて言ってられないから日常の中で満足しないといけないしと何となく納得しようと思うんだけど、でも本当はそんな事望んでなくてもっと他の人生があるんじゃないかと考えもするけど今を変える事なんて到底無理。だからこのままでいる事以外に選択肢がないという感じな何とも嫌なヌルさを抱えてる時じゃないかな。それから自分に手間ひまかける事なんてとんでもないとか思っていたり世間的に正しい事をしているのに大して幸せではなくて何かを我慢して諦めて薄ぼんやりと生きている時です。

そんな時に芸能人のゴシップやSNSでの炎上を見ると良い刺激になる訳です。なんか重要な事について議論してる気になるし一瞬だけショボくれた自分を見ないで済む上に自分をより正当化できるような気がするんですね。

そんなときは倫理観や道徳心どうとかいうよりもまずは自分自身の正しい生き方を誰かに肯定して欲しい同意して欲しいという気持ちがまず先にあるように思います。

それから、私はこんなに正しいのによくもまぁ好き勝手にやってるもんだな的な妬みにも似た気持ちと何だか裏切られたような気持ちとが混ざってる感じです。

そんな事したからって自分の人生は何も変わらない事ぐらいわかっているし一瞬の慰めが欲しいくらいに自分の何もかもがしみったれて見える訳です。

芸能人があんな事したから誰かが傷つくはずだ、迷惑なはずだと喚く前に冷静に考えてみると傷ついたのも迷惑被ったのも自分じゃない訳です。

そこに無駄な共感力を使うくらいなら自分に対して共感すべきところを探した方が有益ですよね。

一生会わないであろう特段好きでもなくむしろゴシップを見て久しぶりに思い出したくらいのテレビの中の人を軽蔑する前に自分自身を蔑んで生活していないか見極めた方が得です。

そういった場合の対処法は結局これしかないんですが人の事なんかどうでもよくなるくらい自分に集中するしかないんです。

他人の事なんか余所見出来ないくらいの時間を取るしかないんです。

他人の土俵であーだこうだ言っていても外野で終わるだけです。

ガヤ芸人で終わりたいなんて誰も思っていないはずです。

自分に対して目を逸らしていた方が都合が良いから惑わされているだけかも知れません。

不満が自国に行かないために外国に敵を作るみたいなのあるじゃないですか。あれと全く同じこと自分にもしてるんじゃないかなと思うんです。

自分に対しての薄い不安が本気の絶望に変わるのが怖くて外に目を向けているんじゃないかなと。

目の前のダサい自分を感じたくないから見ず知らずのどうでも良い人のゴシップネタに反応しているような仕組みなのではないかな。

ダサい自分見るの怖いし認めるのも嫌な作業なんですよね。

でも、ダサい自分を認めてイケてる自分になるきっかけにもなります。

ダサい髪型してる時はヘアサロンへ行けば今よりはイケてる自分になれるでしょう。髪型に正しいも間違えもないんですよ。側から見てどう思われるかはとりあえずは置いておいて自分がイケてると思えば次の日から少し楽しいじゃないですか。

髪型に限らず見た目も思想も自分の好みにする事を小さく積み重ねていけば自然と自分に集中出来るんじゃないかなって思うんです。

我慢している事も少しずつ緩めていけば寛大になれるでしょう。

いつの間にか正しさにしがみついていることすら忘れて自分だけのユーモアさやユニークさが見えるようになります。

何だか話があっちこっち飛んでまとまらないのでこの辺で終わります。