RINOの何でも帳

雑記的な日記

そこに居るかどうかは自分で決めよう

居場所が無いなんてよく聞きますが居場所は自分で決めていいと私は思います。「私はここにいたいからいる。」と勝手に決め込んで堂々としていればいいんです。もし仮に周りが嫌なら否が応でも追い出されるでしょう。もし追い出されたらまたそこで改めて居場所を考えたら良いんです。

人に居てくれなんて頼まれてもいないのにそこらかしこに我が物顔で踏ん反り返ってる輩は沢山いますよね。

自分だって我が物顔しても良いんです。

いつも余所者の借り暮らしじゃなくて良いんですよ。

それから人間とは良くも悪くも人と接するしかないんです。私はこれを受け入れるまでに結構な時間がかかりました。それまでは人間関係って鬱陶しい事の方が多くて人との付き合いが広まるほどに厄介ごとが多くなってロクなことがないし他人に自分のことアレコレと話すとどっかでネタにされてそうで嫌だし人に弱みを見せたら付け込まれて良いように使われるから本当に人と関わりたくないと思っていた時期もありました。なのでこちらからは一切誘うことをしないしなるべく人に会わないように生活していたんですね。でも、その内に何度となく遊びの誘いをしてくれてちょうど良い距離感で付き合ってくれている友人がいる事に気付いてからは人付き合いも悪くないなと思いました。今でも一人が好きであまり交友関係を広めたいとは思わなくなりましたが、たまの誘いをしてくれる友人との楽しい時間が自分の居場所の一つとなっています。

それから居場所というのは何も友人知人の関係ではなくても良いんです。

例えば映画が好きなら映画館が自分の居場所。家が好きなら家が自分の居場所。美術館に図書館、カラオケ、カフェやバーなど独りでゆっくり時間を持って自分の中から湧き立つものを味わうことだって自分の居場所を確保している事と同じです。

私が人といて自分の居場所が無いと不安に駆られる時は必ずといって良いほど同じシーンで他人ばかりを気にして自分が何を感じているのか分からなくなる時が一番怖かったです。

そんな時は毎回いつでもその場所を去れるようなポジションにいたように思います。

でもある時にどうしでそんなに自分は人を避けてしまうのだろうと疑問に思ったんですね。確かに厄介な事は嫌というのも理由の一つですが自分を受け入れてもらえるかどうかというのが一番の不安要素でした。でもそれって毎度誰かに居ていいよって許可を貰わないといけない姿勢じゃないですか。

いつも人といると息苦しいと思う中に無意識に自分を他人よりも下に扱うクセがあった訳です。

それに気づいてからは取っ払ってどんな私でも受け入れられても受け入れられなくても本気で拒否されるまでのうのうと居てやろうじゃないかと思ったんです。

そんな事してるうちに許可はいらないじゃないかと気づいたし他人って本当に自分のことにしか興味がないので私がいようが何てことなかったんですね。

なので勝手に居場所を作ってとっとと好きにやる事にしました。

私が気に入らないなら勝手に避けるだろうって決め込んでおいて後はのうのうとやっていればいいので本当に楽ですよ。今でも本当に人が苦手だし知らん人と食事も本当に無理だし、みんなが楽しそうな写真を見ては出来ない自分がおかしいと思っていた事もあります。でも無理なら無理なりの付き合いが出来る人達が周りに固まってくるので意外と大丈夫でした。ここにいて良いんだと思える場所は自分の苦手を認めたら案外出来るものだし、誰の許可も必要ないのでどんどん自分で決めていきましょう。

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