RINOの何でも帳

頭の中をアウトプットする雑記帳。

周りの人を見渡すクセをやめて自分の内面を覗いてみよう。引きこもりの時期を大切に。

私は周りの人の表情や態度を見渡すクセがありました。

それでその人の今日の機嫌を伺っていたんですね。

最近のブログで色んなことを辞める宣言している私ですが今回の辞めるシリーズは「周りの人を見渡すクセを辞める」です。

周りの人の表情や態度を見渡すことで相手にどういう風に接しようかなといつも考えていたんですが半年ほど前から何だかもうその見渡すクセはもうやりたくないと言う気持ちが沸々とした怒りとともに湧いて来ていました。

人の態度や表情を見渡すクセは社会人になってからのもので、元々学生時代はどちらかというと騒がしかったしあまり人の態度や表情を気にしたことがなかったように思います。このクセは後付けのオプションな訳です。昔は役に立ったクセなのですが意見を求められることがあった場合に自分の意見よりも相手の態度や表情を気にしてしまうクセがブレーキになっていてとてもやりづらく感じていたのです。

長年染み付いたクセを外すのは簡単です。今までとは違う行動を小さく繰り返しやり続けていれば良いんですから。

この場合とことん自分の中だけに興味を持つようにします。文字通り自分の殻に閉じこもってしまえばいいのです。

よく自分の殻に閉じこもることをネガティヴに捉える人が多いと思うのですが私は全くそうは思いません。

自分の殻に閉じこもる時期は自己再形成の大事な期間です。自分の中に芯を作る時期でもあります。要は蛹になっている段階と考えた方が有意義でしょう。その自己再形成の段階に自分は引きこもりで引っ込み思案でシャイでつまらない人間などと貶める事は自己再形成を妨害する行為でしかない上に外に出る時期を大幅に遅らせるというデメリットしかありません。

もし引きこもりたくなったのなら今までは外側にある人や物事にしか行かなかった目を今度は自分に向ける時期が来たと解釈すれば良いんです。私はその時期が来た知らせが沸々とした怒りでした。「もう誰とも会いたくない!」そんな気分になる事が多かったです。

誰にも会いたくない気持ちを抱えて人と接するのでとても不自然な態度に思った人もいたでしょうし自分でもなんか変だなぎこちないなと思っていたのですが、これこそが変化の顕れでした。

態度が不自然になるので自分に目を向けざるを得ない訳です。

そこからしばらく自分の殻に閉じこもる時期が続き、最初は単なる抑うつ状態じゃないかと考えていて狼狽えましたが今思えば自己再形成の時期だったんだと思います。

そして周りを見渡すクセが完全になくなったというとそうではなく、どこでも常に働いていたクセが適所で使われるようになった感覚です。必要以上に他人のご機嫌取りに翻弄されなくなったので以前よりもだいぶ楽になりました。

殻に閉じこもった時に散々自分に対してわがまま放題させてあげる事も必要ですし無理をさせないということも必須です。この時期に今までいかに自分のこと蔑ろにしていたかよく分かりました。自分に謝りたい気持ちもたくさん感じました。自分との信頼関係を築き始める事が出来るようになっていきました。

昔は自分との信頼関係とか意味わからないし気持ち悪いなと思って避けてきたんですけど結局そこからしか始められないです。

まだまだ楽に生きたい欲は止まりません。