RINOの何でも帳

雑記的な日記

自分の厳しさに二度と他人を巻き込むな。リラックスは厳しさよりも難しい。

自分や他人に厳しくする事に価値を感じている人は勝手に厳しい方向でやっていけば良いと思うんですけど、私はもう厳しいのは向いてないので辞めました。
そして厳しかった時の自分に敢えて苦言を呈するとしたら「自分の厳しさに二度と他人を巻き込むな」という事です。
自分の中だけで厳しさを完結させて勝手に苦しんでいたらいいんです。
他の人は自分ほど厳しい世界にはいないんですね。これを理解していない頃は「何でみんなちゃんとやらないの?」とか「みんな勝手ばかりしている」とよく怒ってばかりいたもんです。

みんな勝手ばかりしているんなら自分も勝手すりゃいい話なのに学級委員長みたいに「ちょっと男子ー!ちゃんとやってよー!」的目線で色んな人のことを見張っていたんですね。

それって全然楽しくない立ち位置なんです。

なので私も遠慮なく勝手に楽しむことにしたんです。

そうすると目の前のイラつく事が実際はいちいち問題として取り上げる程でもなかったという結論に達しました。

要するにただの勘違いという事です。

なんだ、勝手に正義感ぶって厳しくしていて無駄だったなぁと心の底から思いましたね。

それに自己に対する厳しさというのは筋力トレーニングのように成長を促すような効果がありますが、度がすぎるとただの自分イジメとかドMな行為なわけで欲しい効果はおろか自分で自分の力を殺してしまう行為になる事があります。

ストレッチ程度の柔軟体操を欲していたのに気がつけば股割りになっていたくらいに過酷でキャパオーバーな事を平気で自分に課している時がありますね。

いきなり股割りしたら肉離れを起こすわけですよ。そういった無茶な負荷のかけ方を心にもしている事に身体もへたるくらいに疲れ切ってからようやく気付いたんです。

私の中で厳しさとは自分の中で完結させるものであり時に加減しないと自滅するよという諸刃の刃的な行為なので、ならもういっそ手放してしまおうと放り投げた訳です。

でも、意外だったんですが厳しくするよりリラックスする事の方がよっぽど難しいんですね。

身体も心も頭も緩めようとしても何故だか緩まないんです。長年の緊張の賜物でしょう。

こりゃ強制的に身体から緩めていかなきゃダメだなと思ったんで今は温泉やら銭湯やらマッサージやらと色々と気持ちよく暖まりながら緩めている最中です。

ここまで話してなんですが、これってただ温泉行きたい口実なだけかも・・。

 

 

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