RINOの何でも帳

頭の中をアウトプットする雑記帳。

厄介な奴らと絡む時間を減らして腹から笑える人と付き合う

こちらからキッチリとハッキリNOを示すとものの見事に厄介で面倒な人達とは疎遠になったり目の前から居なくなったりそれなりの距離感で付き合えるので無駄な時間がまず減った。

やはり厄介な人にはそれを超えるくらい厄介で面倒な人間になるのが有効だなと益々確信している。

その代わりと言ってはおかしいかも知れないけど、ここ最近は学生時代や若い頃に仲の良かった人たちとの交友が前に比べて増えて良い気持ちでご飯が食べられたり酒が飲めている。

「これぞ自分だ」と思える時間が増えるのは何よりも素晴らしい。

堅苦しい気遣いもタブーな話も綺麗事も無しで自由に振る舞えて大口開けて爆笑し自分を飾らずに寛げる時間は本当に貴重で有難いものと前にも書いたけど改めてそう思う。

それからこの間の飲み会で気づいたけど自分が仲良くしてる人たちに共通する凄い技がある。

それぞれ深刻に湿っぽく不幸そうに話せばいくらだって話せるエピソードを馬鹿笑い出来るくらいのスベらない話に昇華させて披露するスキルが本当に凄い。

内容だけ聞くとかなり込み入った複雑な話だったり明らかにヤバそうな案件も解決して今この瞬間にゲラゲラ笑いながら酒を飲んでいるところなんか見るとその場では面白くて笑うんだけども後々皆んな大変な事を乗り切ったんだなぁと思い返す。

だから余計に状況を変えられるにも関わらず自分が悲劇のヒーローやヒロインになって死にそうな顔して被害者ぶって周りの空気を悪くしてまで理解して欲しいと訴えて来たり面白くない正論晒してる厄介な奴らが死ぬ程嫌いなんだなと理解した。

どちらかというと気がつけば深刻ぶる派の自分も昔からの仲間と飲んだ後は嫌な事や厄介な奴らも全部ひっくるめて次の飲み会のネタにしてやったら面白いと考えたら気が楽になる。

そんな仲間とも暫く飲む期間が空くと何となく「今のダサいつまらない自分を見せられない」とか「今日はもしかしたら楽しい自分でいられないかも知れない」とか要らぬ不安やプライドが会うのを避けるようにと促してきて当日まで行こうか否か悩む事もあるんだけど結局会えば笑える時間になるし、帰る頃には重たいと思っていた話も大した事ではないんだなと思える。

今後は腹から笑える時間を増やしたいね。