RINOの何でも帳

雑記的な日記

好いてくれる人に好かれて本当によかった

この間久しぶりにTwitterを眺めていたら、とても苦しそうに本音を吐露していた人のブログを見つけました。

内容は仲良くしていた人たちが初めから知らない人のような態度でこちらを見向きもしなくなってしまって悲しい。辛い。その気持ちが日々大きく募って好きなことをストップする。というような内容でした。

生きていれば勝手に好かれたり嫌われたり、また自分自身も勝手に好きになったり嫌ったりと色々と人間って面倒ですね。

たまたま取った行動が裏目に出たり、気に触ったりなどなど。

人の気持ちはどれだけ想像しようとも完全には分かりませんね。

 

同じような内容で私も悩んでいたなと思い出しました。

思い出すと胸のあたりが刺さる感じがしたりしてたなと。

それに愛され上手というか、沢山の人に好かれている人が羨ましいなぁと思うこともしょっちゅう有りました。

でも今は自分が自分のままでいて好いてくれる人と付き合っていこうと決めました。

そのまんまの自分でいて嫌われたとしてもこちらとしてはどうしようもないわけです。

嫌った理由を知っているのは嫌ったその人だけでいくらこっちが「どうして嫌うんだろう?何かしたんだろうか?」と頭を悩ませても答えは絶対に出ませんし、答えが解って自分が改めたとしてもまた好きになってくれるか何て分かりませんよね。

もちろん非を認める事は大切です。

謝る機会があるなら誠心誠意謝る事も大切でしょう。

でも自分の好きなことや譲れないことを潰してまで相手に合わせるようなことはしなくてもいいんです。

そんな事して好かれたって自分が辛いだけです。

それに「その人の思うように合わせたから好きになってくれる」確率もほぼ無いに等しいですしそんな関係って本当に幸せでしょうか。

いずれかは破綻することの方が多いです。

 

最近益々思っているのは嫌われる人に嫌われて良かった、好いてくれる人に好かれて本当によかったんだなという事です。

自分を好きでいてくれている人達がいるからこそ変わらない自分でいられる事と、今より良くなるなら変えられるところは変えていこうとする決断や行動に積極的になれた気がします。

 

それから場所が変わるとまた新しい人間関係が生まれるわけですからいつまでも辛い場に留まり続ける必要もないわけです。

逆に自分が留まり続ければ勝手に周りの環境が変わることもあります。

人間関係ずっとそのままという事は無いです。嫌な関係を気にしないというのは難しいので、好きなことに対しては手を止めずに暫く状況を静観することも大切かなと思います。

 

嫌われたからってそんなに自分を責めたり、余計に悲しまなくても大丈夫なんです。

嫌われて辛い気持ちになったらその反対、好かれる事実をきちんと見ると「そんなに気にすることでも無いかもなぁ」と思えてきます。

 

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